モデラーのサウンドの50%以上は再生システムによって決まるという事実

Marshall JCM800のサウンド、というフレーズを聞いたときに、まず頭に思い浮かぶのはどんなことでしょうか。それは2段積み(ハーフ・スタック)を目の前にしたとき、または大規模な会場で特定のバンドがパフォーマンスするのを観ているとき、はたまたドライブ中に流すお気に入りの音楽を聴いているときかもしれません。

どんな答えであっても間違いではありませんが、JCM800のサウンドを聴く体験は、先に述べたような環境の違いによって全く異なるものになることでしょう。

多くの業界人はこの用語を嫌いますが、最初の例はいわゆる“amp in the room(部屋の中のアンプ)”の鳴りの体験です。(私もこの用語を好みません。なぜなら、正確に言うと“部屋の中のキャビネット”であるべきだからです。)

部屋の中では、ギターのスピーカーとキャビネット内の空気の分子が振動し、それが音波となって伝播され、我々の鼓膜を振動させます。三段積み(フル・スタック)を目の前にしている場合を除き、最も強い振動は膝の辺りを直撃するでしょう。分別のある人ならば、マスターボリュームのノブは半分以上には回していないはずです。

小さなコンサート会場においては、バンドがわずか150cmほどの狭さのステージにいる場合もあるため、キャビネットは演者の顔の方向に向けられている場合もありますし、ステージではなく全く別の方向に向けられていることもあります。大規模な会場では、キャビネットのスピーカーに向けられたマイクを介してPA卓に送られ、その卓から流れるギター・サウンドを聞くことがほとんどです。

お気に入りのレコードで聴く場合は、ギター・アンプが録音された部屋、録音に使用されたマイク、マイキングの位置、マイク・プリアンプなどその他に使用されたアウトボード・ギア、アナログからデジタルへの変換、デジタル・プロセッシング、ミキシング(特にギター・サウンドが、他の楽器の中でも輪郭が保てるように調節されている場合は)、そしてマスタリングの仕方によってサウンドは劇的に変わる可能性がありますし、また実際に変化します。あなたが最終的に聴くことになる音は、ギタリストがその日のセッションで経験したものとはおそらくまったく異なるものなのです。さらには、古い車のカセットデッキから朝のジョギング中に使用するお手頃なBluetoothイヤホン、音響的に中立なリスニング・ルーム内のハイファイ愛好家が所有する1000万円以上するシステムまで、そのレコーディングされたサウンドを聴くために存在する無数の方法を考えてみてください。

セッション・ギタリストが、キャビネットはトラッキングルームに設置して、スタジオのコントロールルームでプレイし、プロデューサーやエンジニアと一緒にスタジオ・モニターを通して聴くというのも一般的です。こうすることで、音響的スイートスポットを得るために必要なだけアンプのボリュームを上げることができ、耳へのダメージを避けることもできます。他には、キャビネットを一切使用せず、アンプをアッテネーター/ロードボックスに接続し(この場合も、通常のキャビネットで再生するよりもマスターボリュームを上げて)、キャビネット・シミュレーターまたはIR(インパルス・レスポンス)を使用する場合もあります。

では、これらの中のどれが本物のMarshall JCM800のサウンドでしょうか?答えは、どれも本物です。アンプは同じですが、再生システムや環境が全く異なるのです。

使用する再生システムとその音を聴く環境が、ご自身の体験する音の半分以上を占めるのです。

再生システムがサウンドに違いに大きく関わるのであれば、モデラーで音の悪い再生システムを改善させることはできないのでしょうか?
この疑問には、「お気に入りのバンドの音楽をレコードで聴いて、まるでバンドが目の前でプレイしているかのように感じられますか?」という別の質問で返したいと思います。

より質の高いレコードプレーヤーを使用したとしても、ドラマーが自分の真後ろにいて、シンガーはキッチンにいて、ベーシストはソファの後ろで気を失っているなんて感覚を得ることはできません。それを、レコードプレーヤーではなく、Dolby Atmosに対応していないホームステレオのせいにしてもいいでしょう。重要なのは、レコードプレーヤー、Hi-Fiアンプ、サラウンド・サウンド・システム、これら機器の持つ材質特性、部屋内の位置、部屋の音響特性、再生ボリュームなど、関係するすべてのものがひとつの要素として共に機能するオープン・システムであるという点であり、システムが良いかどうかは、これら要素の中でも最も脆弱な部分によって決まるのです。

Helix Floorのような近代的なプロ仕様のモデラーは、プリアンプやパワーアンプといった始点から終点までが定まったクローズド・システムのサウンドとフィールを忠実に再現することができますが(LAの一流ギタリストや耳の肥えたエンジニアが、ABXダブルブラインド・リスニングテストをしても、どちらが本物のアンプか聴き分けることができないと断言するほどです)、彼らにとっては、何に接続されているかという手がかりがまったくないだけでなく、もちろんそれをコントロールすることもできません。耳からではなく直接脳幹にアクセスできるテクノロジーが登場するまでは、どんなデジタル・トリックを駆使したとしても、1×12”のキャビのことを、部屋内には実際に4×12”のキャビがあると信じ込ませることはできませんし、ましてやプラスチック製PAスピーカーをギター用ドライバー付きの木製キャビネットと納得させることも、壊れた4”のコンピューター・スピーカーがガラクタではないと思わせることも不可能です。これは物理法則によって決定づけられるものであり、DSPの洗練度が欠けているからではありません。

では、デジタル・アンプ・モデラーに最適な再生システムは何でしょうか?
どのようなことを達成したいかによって答えは異なります。それでは選択肢を順不同で見ていきましょう:FRFRスピーカー、PAスピーカー、ヘッドフォン/IEM、スタジオ・モニター、スタンドアローン型パワーアンプ/本物のキャビ、本物のアンプ/キャビネット

FRFRスピーカー
FRFR はフル・レンジ・フラット・レスポンスの略で、通常は本物のギター・キャビと見た目が似ている木製のキャビネットですが、多くの場合低音域ドライバー(ウーファー)と高音域ドライバー(ツイーター)の2基のスピーカーが搭載されています。音がフラットかつ忠実に再現されるように設計されており、ステージ上に持ち込めるスタジオ・モニターとほぼ変わりません。

長所:
• 幅広いキャビ・モデルまたはIRを増幅させる際の、サウンドとフィールの優れたバランス
• 本物のキャビネットのような外観
• ステージ上のプレーヤーと観客が聴くサウンドが同じ

短所:
• 同じコンフィギュレーション(1×12”、2×12”、4×12”etc.)であっても、あなたが慣れ親しんだギター・キャビとまったく同じように反応するとは限らない
• 高音域ドライバーが少し耳障りに聞こえる場合がある(これはモデラーのグローバルEQで改善できる場合がほとんど)
• 他の選択肢より高額

モデラーに搭載されている幅広い種類のアンプやキャビネット・エミュレーション、IRを活用したいが、木製キャビネットの外観も譲れないというギタリストに最適です。

PAスピーカー

長所:
• 一般的にFRFRスピーカーより安価
• 堅牢な作り
• 多くの場合、最も使い勝手が良く持ち運びも楽
• 幅広い用途で使用が可能 - 多くはステージ用ウェッジ・モニター、直立型スピーカー、またはスタンド設置型スピーカー等
• ボーカル用マイク等を追加接続し、結婚式でのDJなど他の目的でも使用可能

短所:
• 本物のキャビネットのサウンドのように聞こえない - ギター用に市販されているものであっても、音楽再生時により良く聞こえるよう、周波数特性が誇張されたりカットされている部分がある
• 本物のキャビネットのようなフィールが足りない
• 本物のキャビネットのような外観ではない場合が多い

予算に限りがある、週末のみ等使用する機会が限られている、または再生システムに複数の用途を求めるギタリストに最適です。

ヘッドフォン/IEM(インイヤー・モニター)

長所:
• 最も便利でポータブルな選択肢
• 騒がしい場所でもディテールまでを、より手軽に聴くことが可能
近年プロ用IEMは多くの大規模なツアーバンドが使用
• 大規模な会場では、ステージ上のプレーヤーと観客が聴くサウンドが同じ

短所:
• 高インピーダンス、オーバーザイヤー、オープンバックタイプのスタジオ向けの高級なヘッドフォンから、低インピーダンスな消費者向けの使い捨てレベルのインイヤーまで幅広い種類が存在している
• 本物のキャビネットでプレイしているようなサウンドとフィールはほとんどない

外出先で練習やリハをしたい、集合住宅に住んでいるといった理由で大音量のスピーカーで演奏できない、“サイレント・ステージ”モニタリングを採用している、または(部屋内で聴く本物のキャビネットのサウンドではない)録音されたギター・サウンドに慣れているギタリストに最適です。

スタジオ・モニター

長所:
• より高品質なスタジオ・モニターは、一般的に最もフラットで忠実な周波数特性を持つ(充分な低音がある場合)
• 作曲/リハ時に使用したトーンが録音されたトーンに最も近いため、ステージとスタジオ間で同じサウンドを共有しやすい
• 録音をしたということは、すでにそれを所有している可能性が高い

短所:
• 8”以上のウーファーを備えたスタジオ・モニターを購入しない限り、ローエンドが不足する可能性がある
• 他の人と一緒に練習したり、ライブをしたりするには十分なボリュームが得られない(コーヒーショップ等でプレイするには事足りるでしょう)
• 本物のキャビネットのようなフィールを得られない
• ライブ・パフォーマンスを想定した設計ではない

スタジオで演奏することがほとんどで、(部屋内で聴く本物のキャビネットのサウンドとは異なる)録音されたギター・サウンドに慣れているギタリストに最適です。

スタンドアローン型パワーアンプ&本物のキャビネット
パワーアンプはラックマウント式の大型なものである必要はありません。ギター・キャビネットを駆動できる、コンパクトなペダルボード・ベースのパワーアンプがいくつか存在します。

長所:
• 本物のキャビネットのレスポンスとフィールを得られる
• ステージ映えする

短所:
• 通常大きくて重い
• パワーアンプが思い通りのレスポンスをしない場合がある
• 使用する特定のキャビネット固有のサウンド以外を選択することがより難しい(これは必ずしも悪いことではないかもしれません)

本物のキャビネットのサウンドとフィールを好む一方、幅広いプリアンプおよびパワーアンプのサウンドも使用したいギタリストに最適です。

本物のアンプ&キャビ
そうなんです!本物のアンプにアンプ・モデリングを組み合わせ使用することには、何の問題もありません。またセットアップの仕方によっては、アンプとモデラー両方のプリアンプを使用したり、同時にブレンドしたりすることもできます。(私の友人はメタリカのカバーバンドでLaneyのアンプを使用しプレイしていましたが、 “Nothing Else Matters”の前半部分だけのために、Roland JC-120をレンタルしていました。Helixを4ケーブル・メソッドで接続するようになってからは、本物のLaneyのプリアンプとモデリングされたJC-120のプリアンプを、フットスイッチを1回押すだけで切り替えることができるようになりました。)

長所:
• お気に入りのアンプとキャビネットそのままのサウンドとフィールが活かされる
• ステージ映えする
• 4ケーブル・メソッドを採用すれば、アンプのプリアンプ・セクションを瞬時に入れ替えることが可能(必要があればですが)

短所:
• 通常大きくて重い – あなたのお母さんが所有するプリウスには載せきれないかもしれません
• 多様性ある幅広いトーンを選択できず、使用する特定のアンプとキャビ固有のサウンド以外を選択することが最も難しい(これは必ずしも悪いことではないかもしれません)

特定のアンプを使用しているがもう少し柔軟性が欲しい、またはモデリングされたアンプにはあまり興味がないが、デジタル・マルチエフェクトのパワーと柔軟性も欲しいギタリストに最適です。

これまでに述べた選択肢とは全く違う、Line 6 Powercab アクティブ・ ギタースピーカー・システムという手もあります。これらは、木製のパワード・ギター・キャビネットと、異なるドライバーをバーチャルに入れ替えられる機能が備わっています。一方で他の再生システムと同様、Powercab 112 Plusや212 Plusは、たとえば4×12 キャビネットでプレイしている感覚は得られないものの、異なるスピーカーが備わった特定の1×12または2×12キャビネットでプレイしていると錯覚させることはできます。また、高品質なFRFRスピーカー・システムとして機能するように設定することも可能です。

では、どのようにすれば、使用している再生システムをより本物のキャビネットのような挙動にできるでしょうか?

1. まずは自分が慣れ親しんだアンプとキャビのモデルの組み合わせから始めてみましょう。実際のRevv Generator 120やGrammatico GSG100をプレイしたことがない場合は、比較対象がないからです。
2. アンプ・モデルは、Masterパラメーターのデフォルト値がかなり高めに設定されていることがよくあります。これは実際のアンプのスイートスポットに合わせているためです。ただし真空管アンプは大音量なので、低ボリュームでプレイすると、もちろん三段積みのような轟音は得られません。この場合は再生システムのボリュームを上げましょう!
3. これ以上大きなボリュームでは再生できない(またはそれが許されない)場合は、再生システムのレベルに近づけるために(モデラーにMasterパラメーターがある場合は)Masterパラメーターを下げましょう。
4. 再生システムを部屋にある本物のキャビネットと同じ場所に置き、同じ方向に向けてみてください。ほとんどのキャビネットはモノラルで足の方向に向けられており、顔の位置でステレオで鳴ることはありません。
5. キャビネットのブロックで、色々なマイクを様々な距離と位置で試してみてください。(また IRを使用する場合は、マイクの種類、スピーカーまでの距離と位置が異なるものを選択してみましょう。)コンデンサーマイクをより遠い位置に設置すると、部屋の中にアンプがあるようなサウンドになり、Shure SM57をグリルに限りなく近づけるとレコーディングされたものを聴いたときに近いサウンドになる傾向があります。
6. 特にヘッドフォンを使用している場合は、サウンドにアンビエント・リバーブを加えてみましょう。ここでは少しでも大きな違いを生みます。

最後にひとつお願いがあります。オンラインであろうと現実の世界であろうとも、アンプ・モデリングのサウンドメイキングに苦戦している、経験の浅いユーザーに会ったときには、ローカット・フィルターの追加や異なるIRのダウンロード、入力のバッファーを見直すといった提案をする前に、まずは次のことを試してみるよう助言をしてあげましょう:

1. 彼らがどんなことを実現したいと思っているのか尋ねてみましょう。例えば、部屋内にアンプがあるような感覚を得たいのか、それとも特定のレコードのサウンドを再現したいのか、はたまた特定のキャビネットの前でプレイした経験があり、そのときの感覚を得たいのか、まずは把握することが大事です。
2. どんな再生システムを使用しているか聞いてみましょう。本物のキャビネットではない可能性があります。プラスチック製のPAスピーカーや小型のスタジオ・モニター、ヘッドフォンなど、再生には全く適さないひどいものを使用している可能性もあります。
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エリック・クラインは、Yamaha Guitar Groupのチーフ・プロダクト・デザイン・アーキテクトであり、“Digital Igloo”というハンドルネームではギアマニアが集まるいくつかのフォーラムで荒らし行為も楽しんでいます。うまく頼めば、彼の2匹の愛犬、ビル&テッドとパドルズの9,000枚にも及ぶ写真を見せてくれることでしょう。


実際にそのアンプの音を聴けることはないという事実

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