実際にそのアンプの音を聴けることはないという事実

 

私たちはアルバムで聴くサウンドに倣って、憧れのギタリストのサウンドを手間ひまかけてエミュレートしようとします。私がギターを弾き始めたのは1977年、12歳のときでした。その日からずっと、ビートルズやジミヘン、ツェッペリン、チャック・ベリーといったお気に入りのアーティストたちのアルバムで聴けるギター・サウンドをどうやったら真似できるかに苦心してきました。しかしいくら頑張っても、全く同じサウンドを作れたことがいまだないのはなぜでしょうか?


それはきっと、私たちが立てる算段の中に、彼らと同じ機材を買い揃え弾き方も真似るということだけにとどまらない、見落としている要素が数多くあるからではないでしょうか。例えばメジャー・レーベルが絡むような本格的なレコーディングに携わったことがあればお分かりになると思いますが、どのようなシグナル・チェーンを組むか、そしてそこにレコーディング・エンジニアがどのような処理を行うかで、ギター・アンプのサウンドは驚くほど劇的に変わるからです。


私が初めてレコーディング・スタジオを経験したのは1980年のことです。当時スタジオにあったアンプは70年代初期の100W Marshall Super Leadで、人生ではじめて本格的なアンプを使ったのですが、そのときの私は15歳でした。自分でMarshall 50Wのコンボを所有していたので、スタジオにあるアンプも同じようなものだと思い込んでいたら、それは大間違いだったのです!100Wは、ずっとラウドでブライト、反応も早く非常にクリーンで、自分のコンボに比べかなり耳障りに感じました。自分の思い通りに歪ませるには相当ボリュームを上げなければならず、うるさすぎてそばに立っていられないほどで、威圧的で扱いも難しく、正直なところまったく楽しめませんでした。今では苦い思い出です。


この思い出話で言いたかったことは、自分が体験したサウンドは、同じアンプを使ってレコーディングされたはずの素晴らしいレコードのどのサウンドとも似ても似つかないものだった、ということです。エンジニアの方がご好意でコントロール・ルームに連れて行ってくれたので、そこで自分で聴きながら弾くことができました。すると突然そのサウンドが自分の期待通りのものになり、弾くのが楽しくなりました。その小さなスタジオ・モニターを通して音を聴くまでの間にあるすべての要素がサウンドを左右するということを、そのとき私は知らなかったのです。具体的には、部屋、マイク、プリアンプ、コンプレッサー、EQ、聴きやすいレベルのボリューム、そして実際に使っていたモニターなどが挙げられます。

まずは部屋から考えてみましょう。部屋そのものが与える影響は非常に大きいと言えます。明るい部屋、暗い部屋、暖かい部屋、空気の乾燥した部屋、ブーミーな部屋、音響的にデッドな部屋、反響のある部屋などいろいろですが、それぞれレコーディングされたギター・アンプのサウンドに大きな影響を与える可能性があります。


次はマイクです。先ほども言いましたが、まったく同じ機材でマイクだけ変えた場合、そのレコーディング結果は大きく異なります。マイクには主に、ダイナミック、スモールダイアフラム・コンデンサー、ラージダイアフラム・コンデンサー、リボンの4種類のタイプがあり、どのタイプも魅力的なマイクが多く存在します。加えて、使用するマイクをどこに設置するかでも大きな違いが生じます。そしてさらに複雑なのは、エンジニア達はよりインパクトのあるサウンドを得るために、異なるタイプのマイクをミックスして使用することが多く、これら要素の組み合わせのパターンは数え切れないほどあります。言い換えれば、選んだマイクとその設置場所により、究極のサウンドを得るために無限のバリエーションが存在するいうことです。


どのマイクを何本使用し、どこでマイキングするかだけでなく、接続するマイク・プリアンプもサウンドに大きく影響します。例えばNeveのプリアンプはスムーズでエレガントな音が得られるため、特にギター・レコーディングで広く用いられています。このプリアンプはトランスフォーマーによって、聴いていて心地良くスイートなサウンドに色づけられるのです。具体的には、先ほど私が言及した100W Marshallのようなアンプの特徴である、素早い高音域のアタックをトランスフォーマーがなめらかにしてくれるので、この手のアンプでレコーディングする際に好んで選ばれています。


コンプレッションもレコーディング結果に大きな影響を与える要素のひとつです。事実、コンプレッションをうまく使いこなせるかどうかがレコーディングの鍵と考えるエンジニアは多いです。コンプレッサーの種類も数多くありますが、ギター・レコーディングで幅広く使われているものが2機種あります。最も有名なのは、チューブドライブ・オプティカルを採用したLA-2A Leveling Amplifierです。スムーズで温かみがあり非常に音楽的で、どんなサウンドも聴きやすくしてくれます。もうひとつは1176ソリッドステート・コンプレッサーです。こちらも非常に万能で人気が高く、完成されたギター・トーンを作りだせるコンプレッサーです。

つぎはEQです。EQも、さまざまなタイプのイコライザーが存在し、サウンドにEQならではの劇的な変化をもたらし、サウンドに色づけすることができます。同じメーカーの異なるEQモデルであっても、個性の違うサウンドが得られます。


最後はモニターです。スピーカーを変えるだけでも、サウンドに大きな違いが出ることは皆さんもよくご存知かと思います。その素材、構造、キャビネット、構成部品には数え切れないほどバリエーションがあり、それだけでもサウンドの方向性が変わるといっても過言ではありません。


部屋やマイクの選択、シグナル・プロセッシングの仕方に加え、聴くときのボリュームでも聴こえ方は大きく違ってきます。フレッチャー゠マンソン曲線についてご存知ない方は是非こちら(英文)でチェックしてみてください。私たちの脳は驚くほど機能的で、危害を及ぼすような大きなノイズから守ってくれるメカニズムが備わっています。歪ませた100W Marshallの音は、こうした危害を及ぼすノイズのひとつと言えます。フレッチャー゠マンソン曲線とは簡単に言うと、脳の中で自然に行われるコンプレッションの形を図式化したもので、大きなノイズを間近で聴いたとき、脳が聴覚を大きく変化させることでダメージから守っていることを示しています。ギター・アンプの前にいるときは、そのフレッチャー゠マンソン曲線がフル活動しているのです。一方、普通の音量でレコーディングされたサウンドを聴いているときは、聴覚の曲線の調整はほとんど行われません。


ではおさらいです。これら全ての要素がレコーディングから聴けるサウンドに影響を与えており、ギターやアンプは含まれていませんでしたね。もうお分かりですよね?レコーディングで弾いていた人とまったく同じようにギターを弾けたとしても、そのレコーディングされたサウンドを完全に再現するのは、非常に難しいということです。


「どのアンプを使ったら(アーティスト名または曲名)みたいなサウンドを作れる?」という質問を私は頻繁に受けるのですが、私の答えはいつもこうです。「どのアンプを使っても大丈夫だけど、でもそのギタリストと同じように弾けるの?」この私の質問に対し、皆ノーと答えます。同じように弾けるかどうかは、レコーディングされたサウンドの再現に必要な要素の51%であり、残りの49%の大部分は、ここまでに述べてきたそれ以外のさまざまな要素であるということです。

その事実を知って、自分が思い描いたとおりのサウンドを作る夢を完全に打ち砕かれてしまったように思えるかもしれません。でも、必ずしもそうではありません。前向きになれるお話をしましょう。思わず笑顔になってしまうような、オリジナルのサウンドに限りなく近いサウンドを再現することは可能で、それほど難しいことではありませんが、いくつか忘れてはいけないポイントがあります。


ギターやアンプを自分で所有して同じような使い方しかしてきていない場合、自身で把握している以上に、もっと幅広い音を作りだせる可能性があるということです。次に大事な要素は、あなたがプレイしているギター本体です。最近のギターは、ヴィンテージ・ギターと同じようなサウンドは出せません。今のギターのピックアップの標準的なインピーダンスは、半世紀前のそれよりはるかに高いのです。1959 Les Paulに搭載され、高く評価されているPAFピックアップの平均的なインピーダンスは大体6.5~7.5kですが、最近のギターのピックアップは高いもので15kというものもあります。この違いだけでも当然サウンドに大きな違いをもたらします。


もしピックアップを換えてみたり、異なるピックアップを組み合わせたりしながら、アンプにあるコントロールをとことん調整する時間がたっぷりあるなら、心地よいヴィンテージ感のあるサウンドを見つけられるかもしれません。その際は、いくつか常識から外れたコンフィギュレーションもお試しください。昔レコーディングされた楽曲の多くは、ミックスの中で他のトラックと馴染むよう、とても風変わりな方法でセットアップされたアンプを使っていることが多いためです。


ギタリストのサウンドを左右するのは、51%がそのプレーヤーの手にかかっており、それを持つことはできないと先ほど言いましたが、逆を言えば他の誰もあなたの手を持つこともできず、独特のサウンドを再現することもできないと言えます。他の誰かのサウンドをエミュレートするのと同じぐらいの努力を、自分だけのサウンドを作ることにも注いでみてください。ビリー・ギボンズやジミー・ペイジ、エディ・ヴァン・ヘイレンであっても、何十年も前と同じサウンドを今でも作れると私は思いません。ですから、あなたが彼らの昔のサウンドを正確に再現できなくても全く問題ないのです。自分にしか作れない素晴らしいトーンを楽しみながら探求する方法はいくらでもあります。オリジナリティを大事にしましょう!

ダン・ボウルはロスアンゼルス在住のギタリスト、エンジニア、プロデューサー、アンプ・デザイナー、コンサルタントであり、プレミアム・ブティック・アンプ会社 65ampsの共同創業者です。

*ここで使用されている全ての製品名は各所有者の商標であり、Line 6との関連や協力関係はありません。他社の商標は、Line 6がサウンド・モデルの開発において研究したトーンとサウンドを識別する目的でのみ使用されています。