サラ・リプステイト — シネマティックなサウンドスケープを生みだすギター、ボウ、そして豊富なペダル・コレクション

 

サラ・リプステイトはノヴェラー名義でパフォーマンスしているソロ・アーティストです。彼女は自身の音楽を“シネマティック・ギター・サウンドスケイプ”と表現します。コンサートでは、膨大な数のエフェクト・ペダルとマルチチャンネル・ルーパーに、チェロの弓をはじめとするさまざまなボウイング・デバイスを組み合わせ、彼女独自の演奏テクニックを駆使してこれらのサウンドスケープを生み出します。スタジオでは最新のレコーディング及びサウンド・デザインの技術を用い、さらに複雑なサウンドを作り込んでいます。


10数枚以上のアルバムをリリースし、複数の映画音楽の作曲も行ってきた彼女は、セイント・ヴィンセントやイギー・ポップといった著名なアーティストらのツアーに同行し、オープニング・アクトを務めたこともあります。またイギー・ポップのアルバム『Free』に収録されているうちの3曲で、彼のバンド・メンバーとして収録にも参加しています。そしてフィルムメイキングを学んでいた学生時代には、前衛的で知られるコンポーザー、グレン・ブランカとリース・チャタムが率いるギター・アンサンブルでもパフォーマンスをした経歴を持っています。


リプステイトがメインで使用しているのは、Chicago SpecialピックアップとMasteryブリッジを搭載したFender American Professional Series Jazzmasterですが、他にもGizmotron(ギターでヴァイオリンやチェロのようなサウンドを実現する機械式のデバイス)を取り付けた Fender Ed O’Brien Sustainer StratocasterやヤマハのRevstar、ファズ/リバーブ/ディレイ内蔵にカスタムしたBilt Relevator + Effectsなども使用しています。また彼女は、超レアなヴィンテージ・ペダルから最先端の傑作ペダルまで、ありとあらゆるストンプボックスも所有しています。彼女はKeeley Loomerファズ/リバーブ・ペダルのサラ・リプステイト・エディションを手掛けたり、オランダ人のペダル・ビルダー、Dr.ノーと共同で、ハンドメイドのMoon Canyonオーバードライブ/リバーブ/ディレイ・ペダルの設計も行っています。


リプステイトはHX Effectsプロセッサー向けに、複数のディストーションとディレイ、そしてSearchlightsリバーブをメインにしたユニークなアーティスト・プリセットも提供してくれています(HX Stomp及びHelixアンプ/エフェクト・プロセッサーにも対応)。このプリセットは以下の「ダウンロード」リンクより入手可能です。



EFG London Jazz Festivalでイギー・ポップとパフォーマンスするリプステイト。(2019年11月21日)



ノヴェラーという名義にはどのような意味があるのでしょうか?


大学時代に「One Umbrella」というデュオで活動をしていたのですが、私のパートナーが芸名でパフォーマンスしたいと言い出したんです。彼は“Quebron”、そして私は“Novella(中編小説)”と名乗るようになったのですが、言葉の響きが美しいのでこの名前を選びました。その後ソロ・プロジェクト用に別名が必要になったときに、“Novella”を文字って“ノヴェラー(Noveller)”という芸名を使うようになりました。なので特に深い意味がある訳ではありません。あれからもう何年も経ちましたが、まだその名前を使っています(笑)。“novella”は実際に存在する言葉ですが、“ノヴェラー(Noveller)”は造語なので、読み方が分からない人も多いんです。


グレン・ブランカとプレイした経験から得たものは何でしょうか?


ブランカ・アンサンブルでプレイする機会を得たのは20歳のときで、まだ私は大学生でした。参加できることが決まってからは、学業はそっちのけで作曲について学び、とにかく音楽活動に集中しました。それから飛行機でリハに向かうときはワクワクしましたね。パフォーマンスは非常に美しく、それまでに体験したことのないものでした。この経験は自分の脳がどのように配線されているのかを理解するのに役立ちましたし、不協和音やテンションといった音響特性がとても魅力的で心にまっすぐに伝わるということを知ったのです。


その後すぐにリース・チャタムともプレイする機会がありましたよね。


はい、アトランタで開催されたTable of Elements Festivalで六重奏団と一緒にギター・トリオでパフォーマンスしました。人数の少ないグループで演奏するのは、アンサンブルでの演奏とは完全に別物で、音楽性もブランカのSymphony No. 13とは全く異なるものでした。楽譜が欲しいと伝えると、「基本的にEコードをずっと弾くだけだから」と笑いながら言われました。重要なのは、倍音と繰り返しから生じるもの、そして本質的に単一のコードを演奏する際に発生するリズムの変化だったのです。ブランカとの演奏経験と比較して、そのときに経験した違いのひとつは、アンサンブルの規模的な制約でブランカと1対1の時間を持つことができませんでしたが、一方チャタムとはそれができ、その後4回、5回とパフォーマンスを重ねていく上で良い関係を築くことができました。



Royal Albert Hallで“Gathering the Elements”をパフォーマンスするノヴェラー。(2016年5月13日)



ギターを弾き始めた当初は、ソニック・ユースに大きな影響を受けたそうですね。


初めてギターを入手したのは高校生のときで、当時はソニック・ユースの音楽に傾倒していました。『Goo』のミュージック・ビデオやドキュメンタリーの「1991 – The Year Punk Broke」、コンピレーション・アルバムの「Screaming Fields of Sonic Love」など、いくつも彼らのアルバムを所有していて、それらを繰り返し観たり聴いたりしていましたが、私が一番興味を惹かれたのは、彼らがたくさんの変則チューニングを使ってプレイしていたことでした。そのため、ギターを弾くようになってからは、自分がこれだと思うチューニングを見つけるまでチューナーをいじくり回していたのもですが、それはある意味、彼らの持つ不協和音だったとも言えますね。私は安価なDan ElectroのギターとDan Electro Dirty Thirtyという練習用アンプは所有していましたが、その時まだペダルは何も持っていませんでした。ペダルがあれば美しいフィードバックを得られるのは分かっていたので、フラストレーションを感じていましたが、どうやってそれを実現するかを考えなければならなかったのです。さまざまなチューニングをすることで、ある程度自分の思い通りのフィールを得ることができたため、数年前に標準的なチューニングで演奏をし始めるまでは、私の楽曲はすべて変則チューニングで書かれています。


実はピアノとトロンボーンも長年やっていて、かなりのレベルにまで上達していました。しかしピアノのコンクールや、トロンボーン奏者として首席でいることにはプレッシャーがつきもので、音楽を純粋に楽しめなくなってしまったのです。ソニック・ユースにはあのパンクの精神があって、彼ら自身プレイすることで幸福感やワクワク感を感じているように見えたんです。それは正に私が求めていたものでした。彼らの曲を完コピするのではなく、自分が楽器をプレイする際に彼らの音楽に対するアプローチを見習うようにしました。


過去に音楽やその理論を学ばれていますが、あなたの音楽におけるアプローチに影響はあるのでしょうか?


はい、でもギターを弾くときには、それらは全て忘れるようにしています。自分が手に入れた新たな楽器には、これまで学んだ理論を当てはめることはしたくなかったのです。ギターに関しては、直感的なプレーヤーだと言えます。ワクワクしたり、インスピレーションを得たり、喜びや悲しみといった感情をはっきりと感じたときは、「そう、その調子よ。この方向性で間違いないわ」って思えるんです。ピアノとトロンボーンの場合は、ある程度練習すれば偉大な巨匠の作品を必ず完璧に演奏できるようになっていましたし、それは素晴らしいことだと思います。でもそれは、自分が本当にしたいこととはまったく異なっていましたし、私は自身が本物だと感じられる自分特有の音楽を作りたかったのです。



いつ頃からエフェクト・ペダルにはまり始めたのですか?


私が初めて購入したペダルはIbanez TS7 Tube Screamerでした。その後Boss DD-6 Digital DelayとMoogerfooger MF-2 Ring Modulator、Line 6 DL4で構成されたボードを組みました。後から追加購入したペダルいくつかとThereminは、トロンボーンを売却したお金で購入したのを今でも覚えています。音楽家として、過去の姿から、本当になりたかった自分に転身したと言えるでしょう。そしてまだ高校生のとき、クリスマスに両親がFostexマルチトラック・カセット・レコーダーをプレゼントしてくれたのですが、ギターはそれ1本で成立する楽器になり得るテクノロジーが存在することに気付き、驚愕しました。ギターを幾重にもレイヤーさせて録音でき、たったひとつの楽器で満足のいく音楽を作れるという可能性に目覚めさせてくれたあのレコーダーが、私にとって初めてのルーパーと言えます。


最新のものからヴィンテージまで、数多くのペダルを所有されていますね。あなたのクリエイティブな活動において、どのように活用されているのでしょうか?


ギターを手にして弾き始めるだけで曲のアイデアがすぐ生まれることは数えるほどで、クリエイティブなアイデアはペダルから得ることがほとんどです。ボードを組んでギターを繋ぎ、ノブを調整しながらどんなサウンドが得られるか試します。いくつもの美しいメロディやアイデアが、ペダルのランダムな組み合わせとラッキーな偶然から生まれたりします。普段は何かをループさせつつ実験的なことを試し、その過程で調整し磨きをかけ、それをベースに編集を進めることが多いです。



サラ・“ノヴェラー”・リプステイトのHX/Helixプロセッサー用プリセット


使用されている機材と、ご自身のルーピングへのアプローチについて教えてください。


長年にわたり私はAkai E1 Headrushと2台のLine 6 DL4ディレイ・モデラーを組み合わせて使用していました。これらを組み合わせることで、同時進行ではない3つの独立したループを再生することができます。後にこれらペダルの代わりにBoomerang III Phrase Samplerを使うようになり、1台のペダルでループを録音し、ループもFreeモードの場合は独立したループを設定できて、設定を変えればループを同時進行するようシンクさせることが可能になったのです。私は主にFreeモードを使用していました。長さにかかわらず、3つのループが絶え間なく共鳴しサウンドが変化していく様がとても美しいですからね。自分は単調な音楽は作りたくないので、独立した複数のルーピングはいつ聴いても素晴らしいです。とは言え、3つのシンクさせたループでも面白いことができます。ループ2と3の長さが、マスター・ループの長さの倍数、またはサブディビジョンである限り、異なる長さのループを自由に作成できるからです。経験を積むにつれ、アンビエントなものより、リズミカルでより曲の構成を意識した音楽を作ることに興味を持つようになりました。


ライブ・パフォーマンスでは、構成した通りに巧みにペダルを操っていらっしゃるようにみえますが、即興の部分もある程度あるのでしょうか?


ざっくり言えば、すべて構成は決まっているので、決まった動きをしているという面はあります。非常に多くの要素が同時進行していますので、全体の構成がまとまっていないとうまく機能しないのです。もちろん私はペダルボードの構成を必要に応じて変更していますので、数年前のアルバムで最初に演奏した曲を改めて演奏する場合、当時使用していた同じペダルが使用できないこともあります。最近では、2019 年以降初めてとなるノヴェラー名義のライブを行ったばかりなのですが、10年以上前にリリースされたアルバム『Glacial Glow』に収録されている曲を演奏することになりました。私は現在使用しているセットアップで、その曲をプレイする新たなアプローチを考えなければならず、アレンジ面でもある程度変更を加えることにしたんですね。最初はかなり構成を作り込みリハもしっかり行い、次の曲との繋がりも綿密に練る必要がありました。しかしそれら作業を進めていくうちに、毎回方向転換したり変更を加えたりすることもあるので、即興の要素も多くあります。


ライブではアンプに繋いでパフォーマンスされているんでしょうか?


はい、FOHエンジニアにマイクのセットアップを任せています。


アンプは1台だけでしょうか。それとも2台でステレオにしていますか?


時にはステレオでプレイしますが、最近はモノでやっています。



イギー・ポップのアルバム『Free』に収録されている“Do Not Go Gentle Into That Good Night”


レコーディングされるときと普段作曲をされるときで、クリエイティブ面で違いはありますか?特にルーパーは普段から使用されているのか、パフォーマンスをレコーディングする場合のみ使用されるのか教えてください。


ルーパーを使うこともありますが、必然から生じるバリエーションが好きで、それによってより良いサウンドを得られるため、ほとんどの場合は「ループする」パートをずっと演奏するようにしています。ルーパーを使用すると、同じリズムが何度も繰り返されるだけですから。


その方法であれば、意図した通りのバリエーションも作り出せるということですね。


はい、その通りです。私はクリックに合わせてレコーディングをしませんし、演奏も完璧ではないため、微妙なテンポの変化やその他様々な要素にばらつきが出て、より生き生きとした音楽と作り出すことができます。デモをするときにルーパーを使用するのは特に問題はありませんが、アルバム制作しているときは改めて頭からレコーディングするようにしています。


これからルーピングを取り入れたいと思っている方へ、これだけは伝えたいというアドバイスはありますか?


そうですね。あえて言うなら、ルーパーを使ってどのようなことを実現したいか、まずは明確な構想を練ることが大事ではないでしょうか。それによってどのルーパーを選ぶべきか変わってくるからです。例えば私がアンビエント・ループをレコーディングするときは、リバーブのトレイルとディレイのリピートが、ループをクローズした後にも続くことが絶対条件です。これなら曲の終わりで唐突に音が途切れてしまうこともありません。これを実現するためには、オーバーダブを事前に有効にしておく必要がありますが、この点を考慮してルーパーを開発しているメーカーはほとんどありません。私はそれを実現するために、メーカーにそのような機能が搭載されているか問い合わせをした上で、Boomerang IIIをプログラムすることができました。


HX Effectsペダル向けのアーティスト・プリセットを作成されていて、HX Stompアンプ/エフェクト・ペダルも使用されていますが、HX Stompをどのように活用されているのでしょうか?


HX Effectsの使い方は2パターンあります。まずはアンプ・モデルの使用も含め、これ1台でレコーディングから作曲まですべて行う場合があります。1台のボックスにこれほど多くの可能性が秘められているのは素晴らしいことです。次はライブでの使用です。シグナル・チェーン内にはすでに他の多くの要素が含まれていますので、アンプ・モデリングなどはほとんど使用せず、マルチエフェクト・ペダルとして使用しています。



パリのLa Gaîté Lyriqueで行われたイギー・ポップのライブで、ループ/ロックをプレイするリプステイト。(2019年10月13日)


イギー・ポップのツアー、『Post Pop Depression』でオープニング・アクトを務めた後、彼のバンド・メンバーとしても起用されました。さらには彼のアルバム『Free』でも、3曲コラボレーションされていますよね。特に“Do Not Go Gentle Into That Good Night”は傑作で、イギーもディラン・トマスの同題名の詩を朗読していました。これにはどのような経緯があったのでしょうか?


彼のマネージャーが、イギーが詩をラフに朗読し録音したデータをメールで送ってきて、それは「是非これを君に聴いて欲しかった。君以外の第三者に共有はしないで欲しい。もし興味があって時間が取れそうなら、この朗読に合わせてギターのサウンドスケープを作成してみてくれないか」といったような内容でした。私はすぐに作業に取り掛かり、これなら絶対に詩にマッチすると思えるシネマティックなサウンドスケープを録音しました。それをイギーのマネージャーに送ると、「これは素晴らしい。ありがとう」とすぐに返事がありました。それから数か月何も連絡がありませんでしたが、しばらくして再度マネージャーから連絡があったのです。それは、「以前送ってくれた作品にイギーもとても満足していて、今度は“The Dawn”という曲の歌詞に合うサウンドスケープを作成してくれないだろうか。特に彼は、ジョン・カーペンター監督の『The Thing』のテーマ曲を君がギターでカバーした作品を気に入っていて、できれば今回はそれと同じテイストで試してみてくれないか?」というものでした。私はまたリクエストに沿うようインスピレーションを働かせて、作曲した作品をメールで送り返しましたが、またしてもその後返答が途絶えました。その後何か月も経って、突然彼のマネージャーからメールが届き、そこにはもうすぐアルバムがリリースされること、そして私がプロデューサーとしてクレジットされていることが記されていました。彼のマネージャーは常に内密にことを進めていたようで、イギーのアルバムに自分の作品が採用されたことは大きな驚きでしたが、同時にとても感動しました。そう、実はこんな経緯だったんです!


Main photo: Travis Shinn
Sarah with Iggy photo: Jim Dyson/Getty Images
Sarah surrounded by pedals photo: Priscilla C. Scott


バリー・クリーブランドは、ロサンジェルス在住のギタリスト、レコーディング・エンジニア、作曲家、ミュージック・ジャーナリスト、著者であり、Yamaha Guitar Groupのマーケティング・コミュニケーション・マネージャーでもあります。


*ここで使用されている全ての製品名は各所有者の商標であり、Line 6との関連や協力関係はありません。他社の商標は、Line 6がサウンド・モデルの開発において研究したトーンとサウンドを識別する目的でのみ使用されています。