マイケル・バインホーンが作り出す“巨大なギター・サウンドの壁”

 

マイケル・バインホーンは、サウンドガーデン、エアロスミス、オジー・オズボーン、ホール、コーン、レッド・ホット・チリ・ペッパーズを始めとするロック界のアイコンたちのプロデュースを数多く手掛けてきました。そして、自身の制作スタイルの特長のひとつを“巨大なギター・サウンドの壁”と表現しています。ここでは、彼が制作活動における哲学から使用機材、テクニックまで、ロック・ギターをレコーディングする際のアプローチについて詳しく語ります。


ギター・レコーディングで心がけていることはありますか?
ギタリストが生み出す音ありのままをキャプチャーすることが重要だと考えます。どのギター、アンプ、ペダルを使っているかということだけが全てではなく、個々のギタリストによっても音が変わってきます。同じ機材でもプレイする人が変わると劇的にサウンドが変化するのを、身をもって何度も経験しましたからね。楽器の持ち方も、個人によってそれぞれ違います。ギターをどう握るか、どのように体に押し当てるか、フレットの状態やピックの種類、こうしたすべての要素によって楽器の共鳴の仕方も変わります。こういった側面に気を配ってレコーディングを行うようにしています。


ロック・ギターをレコーディングする際に、技術的な面で最も重要視していることは何ですか?
私はどんな楽器でもディテールを大事にするようにしています。ギターは、レコーディングする際、それまでに終わらせた他のすべてのパートと対等に張り合う必要がありますが、特にドラムは確実に周波数帯域の多くを占有します。ギターの音がドラムやその他のパートに埋もれないよう、ギターのためのスペースを確保しなければなりません。ギターの奏でるディテールがはっきり聴こえ、その存在が際立つことが理想です。ですから、ギターのレコーディングではアンビエント・マイクやルーム・サウンドを使うのが好きではありません。ルーム・サウンドは、ディテールを消してしまいがちなので。もちろんギター・サウンドのアンビエントもレコーディングし、厚みのあるミックスに落とし込んで素晴らしい作品に仕上げてきた人たちもいますよね。レッド・ツェッペリンのアルバムはそのようなアプローチを用いた最たる例と言えるでしょう。


ということは、マイクはスピーカーにかなり近づけてセッティングすることが多いということでしょうか?
はい、そうです。マイク・カプセルをスピーカー・グリルに近づけ、スピーカー・コーンのど真ん中でマイキングするようにしています。そこが最も定位とプレゼンスを得られるポジションだからです。その位置からマイクを離せば離すほど、音像がぼやけてしまいます。


マイクを2本使う場合は、それぞれを別のスピーカーにマイキングするのですね?
その通りです。4×12と4×10のキャビの場合、本当に良いスピーカーが3基以上あることはあまりないですね。一般的には、1基は本当に優秀なものがあり、あと1基はかなり良くて、残りの2基はいまいち、もしくは全然ダメなこともあります。たまに良いサウンドを出るスピーカーが1基しかないことがあるんですが、その場合はマイク1本でいくか、そのスピーカーに2本マイキングするか判断する必要がでてきます。


1基のスピーカーに2本マイキングする場合、その2本はどのような位置にするのでしょうか?
普段は2本をかなり近づけてマイキングします。時々マイクに少し角度をつけたほうが良い場合もあるのですが、その場合は当然位相の問題が起きます。あえて位相がずれたままにして個性的なトーンをそのまま使うこともありますが、一般的にはこの手法はあまりお勧めできません。


ギターはモノ、ステレオのどちらで録音することが多いですか?
これは場合によりけりですが、パフォーマンスごとに最終的にひとつのモノ・トラックにまとめてしまうことがほとんどです。そうすれば、ステレオ・フィールド上であまり混雑することもなく、各パートのスペース配分も上手くいきます。

“こんな風になるだろうとある程度予測していても、全く予期していない結果に驚かされると思いますよ。”


では複数のマイクを使う場合も、1つのモノ・トラックに全てレコーディングしてしまうということでしょうか?
はい、それが望ましいと考えます。


トラッキングの際、アンプの音をキャプチャーするにはマイクの位置を特に重視しますか?それともEQで調整することはありますか?
私はとにかく正しく組み合わせることを重要視しています。マイキングの仕方は勿論とても重要ですが、その時々に合ったマイク、そのマイクに合ったマイク・プリアンプを使っていなければ意味がありません。ときには、そのマイク・プリアンプに優れたイコライザーを組み合わせて使うのも楽しいですよ。ただし、EQを少しでも調整することでより良い結果を得られないなら、当然使わないほうが良いということになります。


コンプレッサーをトラッキングで使う場合も同じですか?
それはケースバイケースですね。どのように使用するか選択肢も多いですし。コンプレッサーをかけ録りするのか、コンプレッサーをアンプの前段にするのか、アンプの後ろにセットアップしレコーディング・システムに送るのか、レコーディングの後がけにするのか。また、他に使用するエフェクトによってコンプレッサーをどこに配置するかといったことも影響してきます。例えば、コンプレッサーをディレイの前段にするのか、後ろにするのかで大きな違いが生まれますよね?


トラッキングの際、ギター・エフェクトはかけ録りするのですか?
はい、基本的にはそうですね。ギターのエフェクト・チェーンはシグナル・パスとしてまとめておくのが一番良いと思います。レコーディングの後にエフェクトを加える場合、それ以前とは全く異なるサウンドになってしまいます。ディレイ・ペダルをアンプに通すのと、レコーディング後にディレイを追加するのとでは、そのサウンドは劇的に変わります。完全に別物ですね。ですから、事前に慎重に選択する必要があるでしょう。レコーディング後に処理するほうがより良い結果を得られると思うのであれば、その通りにするのが一番です。


エフェクトの並び順の話はエフェクト・ペダルにも当てはまりますよね。
はい、シグナル・チェーン内に複数のエフェクト・ペダルがあるのであれば、並び順をいろいろ変えてみると思わぬ発見があったりします。こんな風になるだろうとある程度予測していても、全く予期していない結果に驚かされると思いますよ。私はこういった驚きや発見が、レコーディングの醍醐味だと思っています。


レイヤーする手法はよく使いますか?使う場合、何トラックまでといった基準はありますか?
基本的にはギター・トラックは1本だけにすることが多いです。たまに2本、そしてかなりレアですが、凄く効果的だと思える場合のみ3本目のギター・トラックを追加することもあります。私はどのギター・トラックも厚みがあり、それぞれを補い合うよう作用するべきであると思いますし、自分が思い描いた通りのサウンドを作るよう心がけています。もしそれ以上レイヤーする必要があるとすれば、そこまでに作成したトラック全てが不完全だったと言えるでしょう。私にとっては、素晴らしいギターやアンプを使うのと同じ感覚です。自分の求めている通りにレコーディングできるよう時間を費やしたはずなのに、ギター・トラックをいくつも積み重ねることで台無しにはしたくないですよね?ギター・トラックを多く追加することで、不鮮明になったり、ディテールが失われたり、私の経験上ですが、手の加えすぎは逆効果につながります。

Quad Studiosで、ホールの『Celebrity Skin』の制作をするマイケル・バインホーンとエンジニアのフランク・フィリペッティ

レイヤー数をなるべく少なくすることに、何か特別な理由はありますか?
プレーヤーがギターを弾く厳密なタイミングは、人間の神経系、そしてどのように外からの刺激に反応するかで決まるので、ギタリストが誰にせよ、同じパートを弾いてもタイミングには最大数ミリ秒のずれが生じ、それがトラック全体に大きく影響します。オーディオがぼやけて不鮮明になる問題以外にも、プレイ中のその時々のグルーヴにも違いが出てきます。このグルーヴが実は重要で、その曲の聴き心地を左右する要素のひとつですから。このように、ギター・トラックを重ねない理由は数多くあります。


小型のアンプでも迫力のあるサウンドを得られますか?
私にはさまざまな経験があります。何をレコーディングしているのか、リズム・セクションがどのような構成なのかによると思います。パワフルなリズム・セクションでも2台のコンボ・アンプで大丈夫な場合もありましたし、何台ものコンボ・アンプを用意しても十分な空気を押し出すことができず、信頼に値しないこともあります。


では、レコーディングには主に大型アンプを使うのですね?かなりラウドに鳴らすのでしょうか?
はい、私はどの楽器も非常にラウドなボリュームでレコーディングするのが好きです。低めのボリュームでレコーディングするほど簡単ではなく、手が掛かりますが。


このアンプにはこのマイクを組み合わせるといったこだわりはありますか?
過去に良い結果を得られたものに関しては、何種類か特定のマイクを使用しているものがあります。ですが、他のマイクを試す機会がもしあればトライしますし、作業中の特定のレコーディングにも使えるかも確認してみたいですね。


お気に入りのマイクがあれば教えてください。
頻繁には使わないのですが、定番のShure SM57です。ギター・アンプに使ったときに、他にはない素晴らしい高中音域のプレゼンスとシズル感が高く評価されていますよね。常用はしませんが、トランジェントのレスポンスが非常に早いオーディオテクニカのAT4047 コンデンサーもお気に入りのひとつです。それから、リボン・マイクのRoyer R-122もお気に入りですね。大音量に対応できますし、リボン・マイクにしては反応がとても早いです。他のマイクでは、これほどアンプのうなり、音の密度や迫力を見事にキャプチャーできないと思います。最後は昔からずっとお気に入りのアンプ用マイク、RCA BK-5 A/Bです。1950年代に登場したリボン・マイクで、非常に高い音圧にも音が分断されることなく対応できます。このマイクの中域のプレゼンスはとてもユニークでSM57と相性が良く、一緒に使うと素晴らしい結果が得られます。あ、それから忘れてはならないのがRCA KU-3Aです。今までに使ったリボン・マイクの中で最高でした。このマイクは1950~1960年代に製造され、映画の台詞のレコーディングを中心に使用されていました。リボンをダメにしてしまうのでラウドなアンプには使えませんが、クリーンなギター・サウンドは驚くほど綺麗にレコーディングできます。


マイク・プリアンプのお気に入りはいかがですか?
1970年代に登場したAPI 312sはかなりのお気に入りです。非常に反応が速く 、パンチも効いています。ゲルマニウム・トランジスタを搭載したNeve 1058sもお気に入りで、4台所有しています。トランジスタがゲルマニウム製のNeveは、シリコンを用いたトランジスタを搭載したスムーズなサウンドが特徴の1073sや1066s、1081sなどと比較すると、かなり歪んだサウンドになります。この歪みが、より明瞭なディテールと高密度を実現します。ですからギター/ベースのレコーディングに最適です。私が所有しているのは普通の1058sとは異なるタイプで、入力段にトランスがなく、出力段がGardners製ではなくMarinairトランスを採用したモデルで、非常に個性的なサウンドが得られます。フランク・ディメディオがモディファイしたWally Heider WHR Studio 4 APIモジュール、そして同じく彼がモディファイしたSunset Soundのコンソールで使われていたAPIのような変り種も所有していますが、どちらのサウンドも最高です。


巨大なギター・サウンドの壁を作成する際に、ディストーションはどれぐらいまでかけることができるのでしょうか?
それはそのときの状況、そしてプレーヤーがどうしたいかによるのですが、一般的に言って巨大なギター・サウンドを作るという観点では、すぐに収穫逓減のポイントに達してしまうでしょうね。例えば、ファズまたはディストーションペダルを、すでにかなり歪んでいるギター・アンプに繋いだことがある人ならおわかりかと思いますが、ペダルの歪みがアンプの歪みに追加されると、通常よりかなり強くアンプ回路にコンプレッションがかかります。それによってサウンドのスケール感と全体のパワーが損なわれるだけでなく、トランジェントのレスポンスとパンチも減退してしまいます。見境なくこのようなことをするのは、実際に音を確認しながら求めているものとの関係において何が必要かを見定めようする、正しいレコーディングのあり方に反しています。多くの人はギター、ファズボックス、アンプのことばかり考えて、こういった矛盾に気付かないものです。

michaelbeinhorn.com

バリー・クリーブランドは、ロサンジェルス在住のギタリスト、レコーディング・エンジニア、作曲家、ミュージック・ジャーナリスト、著者であり、Yamaha Guitar Groupのマーケティング・コミュニケーション・マネージャーでもあります。

*ここで使用されている全ての製品名は各所有者の商標であり、Line 6との関連や協力関係はありません。他社の商標は、Line 6がサウンド・モデルの開発において研究したトーンとサウンドを識別する目的でのみ使用されています。