ホーム・レコーディングが楽しめるようになった3つの法則

 

私がギターを弾くのを一番楽しいと感じるのは、リハはほどほどに済ませて、ステージ上でプレイするときです。そしてギターを弾く理由も、ライブに来てくれた観客たちが盛り上がって、一緒に踊ったり歌ったりしてくれるのがこの上ない幸せだからです。曲を書いたり、自宅でレコーディングを楽しんだりすることはなかったので、私にとっては、ライブがなければ、ギターを弾く意味はなかったと言えます。


昨年は全くライブをすることができず、その代わりに時間だけはたっぷりありました。その中で、「自分のギターを弾きたい」ということだけは分かっていたので、どうにかして刺激が得られる方法を見つけなければなりませんでした。


インスピレーションを得る方法を模索するのは予想外に楽しい作業でした。今まで興味のなかった機材やこれまで敬遠していたテクニックを試したり、ギターを弾きながら歌う練習を始めたりもしました。そのことが、過去30年間で思いもよらなかった新たなギターの楽しみ方を教えてくれ、さらにはそれを他の分野にも応用できることを発見したのです。


それはたった3つの法則に基づいています。

法則 その1:対象が“なに”であるかは重要ではありません。この自分にとって大切ななにか(私の場合はライブでプレイすること)が叶わなくなってしまったとき、私には“なぜ”その対象がそれほどまでに自分にとって重要なのか、改めてその理由を考えるに至りました。私にとってそれは、音楽を用いて楽しみや娯楽の源泉となるものを提供し、あわよくば周囲の人々に多少なりとものインスピレーションを与えられるものです。それに気が付いたのは、自宅でアコースティック・ギターを弾きながら歌う練習をしていたときでした。デスクの向かいに座っていた妻が、それを喜んで聴いてくれたのです。それと同時に、ヤマハがやっている“Social Riffing”キャンペーンのために、Instagramにアップする短い動画のレコーディングを始めました。ここでは互いに刺激を求める多くのプレーヤーが、リックやソロの動画をアップしています。ソーシャル・メディアでの反応は、本業を辞めてインフルエンサーになれるようなものではありませんが、自分の動画に寄せられたコメントや“いいね”は私にとっては貴重なものでした。なんとなくどこかの誰かを笑顔にさせたような感覚を得られたり、もっとギターを弾かなければ、という気持ちにもさせられたりもしました。


法則 その2:機材の使い方で、“どのように”違いを生むか、その方法です。楽器メーカーに勤めている身としては趣味と実益を兼ねるようなところもありますが、自分にとってベストなセットアップを構築するために、わざわざ最新のギアをあれこれ買い揃える必要は必ずしもありません。肝心なのは、今所有している機材をいかに最大限活用するかです。


あることがきっかけでこの考えに至ったのですが、それは使用しているDAWが上手くドライバーを認識しない問題で苦戦していて、それにより戦意喪失してしまったという話を友人から聞いたときでした。これはロバート・M.パーシグが著書の『禅とオートバイ修理技術―価値の探求』で「ガンプション・トラップ」と説明していた、人からエネルギーを吸い取り、その結果モチベーションや熱意を失わせるもの、そのものです。


自身の“なぜ”という動機が、手持ちの機材が何であるかにかかわらずじっくり腰を落ち着けて音楽を作るインスピレーションに充分なり得るとするならば、このガンプション・トラップを避けることを最優先すべきでしょう。幸いにも、ガンプション・トラップを生む要因はたった2種類(技術的な要因とクリエイティブな要因)しか存在しないとされ、その考え方は正しく、どちらも取り組んでみるに値することが分かりました。


技術的な要因は比較的簡単に特定できます。例えば、競合するドライバーがあってプラグインが立ち上がらない、アースがされていないハムノイズ、ケーブルが破損している、機材やソフトウェアのチャンネルの入力に間違った方法で割り当てている、などです。ここで重要なポイントは、このような音楽を作る際のちょっとしたトラブルは、実際に音楽を作る行為とは切っても切り離せないということです。こういった問題を解決するために割く時間は無駄ではありません。技術的な基礎を積み重ねることは、創造的な壁を構築することに繋がります。そしてそれが最終的には完璧な建物、つまりは傑作を作ることに繋がるのです。完璧なテイクの途中で動きの悪いフェーダーやスイッチを直すハメにならないよう、セッションの合間の休憩時間にコンソールの調整を行うスタジオ・エンジニアになったと考えてみてください。あるいは、ドライバーがホームストレートでフルスロットルにした際に正しいレスポンスが得られるよう、レース前に車の整備をするメカニックでも構いません。注目されるのはレースそのものだけかもしれませんが、レースがスタートしてからゴールするまでの時間以外に費やされた時間や労力にも、勝敗は大きく左右されるものです。


クリエイティブな面での要因は、技術的な要因よりもトリッキーです。なぜならそれら要因は個人によって千差万別であり、しかも特定しづらいからです。集中力を削ぎ、作業フローも見失わせてしまう、目に見えず説明もできない力によって、完璧なテイクが生まれることが阻止されてしまうのです。


もしあなたが良いアイデアを思い付いたにもかかわらず、途中でそれを採用するのを止めてしまったことがあるとすれば、それはクリエイティブなガンプション・トラップに遭遇していたのかもしれません。その内容自体は重要ではありません。大事なのは、何があなたの行動に違いをもたらすかを理解することです。私の場合は、ソフトウェアとハードウェアのバランスが大事で、これはプロダクト・デザイナーが“ワークフロー”または“ユーザー・エクスペリエンス”と呼んでいる部分です。ノブ、ボタン、フェーダー、大型ディスプレイが充分に揃っていないと、クリエティビティが低下します。ソフトウェア内だけですべての作業を行うのでは、冷めた気持ちになってしまうのです。


どのような場合であればソフトウェアのパワーとその費用対効果を最大限活用でき、どのような場合であればハードウェアだけで事足りるのかを見極めることが大事だということに気が付きました。昨年私は、そうした考えによって、Helix RackをDAWシステムのI/Oとしてセットアップする方法を知るに至り、スタンドアローンのインターフェースを購入する必要がなくなりました。2、3台のアウトボードギアを収納するための小さなラックを用意し、埃をかぶっていた古いコントロール・サーフェスも綺麗に掃除して、フェーダーを使ってミックスができるよう環境を整えました。


このリアルな操作を伴うインターフェース一式のおかげで、自宅で音楽制作をすることに対する意識が変わりました。自宅でじっくりとレコーディングやミキシングをしたいと思ったのははじめてです。すべてが90年代のスタジオにあったようなヴィンテージのアウトボードやムービングフェーダーというわけでもなく、完全に出遅れてはいますが、ループキットを使用して自分のバッキングトラックも作り始めました。周りの人たちはもう何年も前から始めていたことですが、これまでは自分でやってみようと思ったことは一度もありませんでした。


こうしたガンプション・トラップを取り除くためには、多少出費が必要になるかもしれませんが、お金を賢く使うことを学ぶのも教訓になります。巷で話題になっている最新技術を搭載した新製品を購入することもあるでしょうし、組立式のラックとペンキ1缶を入手してフロアを邪魔なケーブルだらけにすることなく手持ちの古い機材を接続できるように工夫したり、ときには古くなってひび割れたケーブルを買い替えたり。そしてこれは、最後の法則にも関係してきます・・・


法則 その3:心の平穏を持てるようになりましょう。少し繰り返しのようになってしまいますが、もう少しお付き合いください。


良い仕事の源は心の平穏です。ロバート・M. パーシグはこう言います。“心の平穏は正しい価値を生み、正しい価値は正しい考えを生み出す。正しい考えは正しい行動を導き出し、正しい行動は仕事の原動力となり、そこから派生する物質的なものが投影され、他の人々もすべての中心にある静けさを見出すことに繋がる”と。


私はこれを、何か気がかりなことがあると、それ自体が何であるかがはっきりしていなくてもベストな結果は得られない、という意味だと解釈しました。これはクリエイティブなガンプション・トラップと同様に、要因は人それぞれですが、一旦それを特定して対処し始めると、作業にやりがいが生まれ、効率もアップすることになります。最もわかりやすい例は作業する物理的なスペースです。あなたの作業環境は整理整頓されていますか?それともモノで溢れかえっているタイプですか?普段とは違う真逆の環境で良い作品作りを試みたことはありますか?もしあるとするれば、それでも集中力を欠くことなく作業できました?


まずは心の平穏を鍛えるところから始めてみましょう。お金をほとんど、またはまったくかけずに、何かアレンジできそうな事はないか自分の作業スペースを見直してみてください。ホーム・デコレーション・プロジェクトを始めるような気持ちで大丈夫です。魅力的だと思う他の人のスペースを見て、気に入った部分を真似して取り入れてみてください。気分がよくなるものを増やして、そうでないものを減らすのです。あくまでプロセスが大事なので、いっぺんに改善する必要はありません。もしこのアプローチに信憑性がないと思われるなら、プロスタジオを思い浮かべてみてください。味気ない蛍光灯ではなく、デザイン性の高いお洒落な照明を設置していることが多くありませんか?


私の場合、気が散る要素は排除し、自分の感覚でコントロールできる要素を増やすことで、心の平穏が得られます。例えば、この記事を執筆しているときは静かな空間が必要ですし、レコーディングやミキシングをするときは、ケーブルでごちゃごちゃになったりせず、ミキサーのコントロールが操作しやすい状態に綺麗に片付いている状態を指します。Cubase 11のチャンネル・ストリップ・ビューはこれに打ってつけなのですが、最大限活用するには大型ディスプレイが必須です。大型ディスプレイを備えたアウトボードギアも有効です。私が最も有難いと思った意外なものは、コンピューターの角から自分の新しいアウトボード・ラックを繋ぐ、ほとんど目立たないたった1本のUSBケーブルです。最小限で整頓できる魔法のパーツですね。


ビデオ編集や料理、マウンテンバイクの整備など、やることは違えど、これらの法則はどんな場合でも変わりません。心の平穏さえあれば良い仕事ができますし、時間とともにどのようにすればその心の平穏を得られるのか分かるようになりました。その心の平穏を得るために行う作業は驚くほど意義があることなのです。


時が経つにつれ、我々が期待する通り世の中が正常化していけば、今のような難しい状況の中でなんとかインスピレーションを得る努力をするという必要性も少なくなっていくでしょう。ですが、例え完全に元のような世の中に戻ったとしても、インスピレーションを高め制作活動を行うことが、仕事であれ趣味であれ、追求しているものなのであれば、クリエティビティを生みだし、より高めるアプローチを持っておくことは決して無駄なことではありません。


これら3つの法則は、意識的に見つけようとしていたわけではありません。今年に入って、本来あるべきフラストレーションのはけ口が完全に断たれてしまった中でギターをもっと弾きたいという気持ちになったことがきっかけで発見しました。なぜ音楽をプレイするのか、何をすべきかを知るためにその理由をはっきりと認識すること、制作活動の邪魔をするガンプション・トラップを排除するために、ご自分のセットアップを見直して最適化する方法を見つけること、そして自分が心の平穏を得られる方法を知ること。その上で、良い作品作りをするための第一歩として、目的を達成することを可能にするものにフォーカスしましょう。私の場合はこれら法則を楽曲制作に適用しましたが、今年は過去に例を見ないほどギターを弾くことそのものを楽しむことができるようになったのは予想外の出来事でした。この調子だと、もしかしたら来年には作曲まで始めてしまうかもしれませんね・・・


ジュリアン・ウォードはYamaha Corporationのグローバル・ギター・ストラテジー・マネージャーです。14歳からライブでの演奏を始め、これまでに数多くのライブパフォーマンスのミックスを手掛け、商業スタジオでのレコーディング・エンジニアとしての経験も豊富です。


*ここで使用されている全ての製品名は各所有者の商標であり、Line 6との関連や協力関係はありません。他社の商標は、Line 6がサウンド・モデルの開発において研究したトーンとサウンドを識別する目的でのみ使用されています。